サンフランシスコ紀行

サンフランシスコの坂



No.25 Ferewell party!

☆今回のアメリカ滞在の重要な目的でもあったUCBのカリキュラム受講も無事終了し、私達学生はそれぞれのホストファミリーを迎えて、近所の幼稚園の体育館を借り、Ferewell party(お別れ会)を催すことになった。

参加者全員が食べ物を持ち寄ってパーティーを開くのであるが、これをアメリカではポットラックといい、この手のパーティーをアメリカ人は好んでよく開く。

そこで、学生達が趣向を凝らした出し物を演じるのである。

さて、演目を観てゆこう。

先ず最初は、私の友人の一人である小山君だ。

小山君は何を勘違いしたのか、頭をパンチパーマにしてスーツをぴしっと着こなし、なんとド演歌を歌い出したのである、しかもアカペラで。

日本の文化をアメリカ人に紹介するという意気込みであったのだろうが、彼のまるでお経を読んでいるかのような、あるいはうなり声とも聞き取れる熱唱に、観客のアメリカ人はおろか私達日本人でさえも思わずひいてしまい、他人の顔を決め込んだのであった。

次に出てきたのは、二人組の学生で、、舞台中央にて声を殺して黙々と、影を落として粛々と柔道をやりだしたのである。

しかしながら、他の学生が一人また二人と、まるでプロレスのように乱入して、舞台上はさながら吉本新喜劇のようになってしまった。

そうして、演目はどんどん進んで行き、いよいよラストの出し物を迎えた。

急に賑やかな音楽が鳴り響いたと思うや、7-8名の学生が舞台上に登場し、なんとパンツ一枚になって踊りだした、いや、踊り狂いだしたのである。

観客のアメリカ人も大喜びである。

しかしながら、時間がたつにつれ、踊り狂っている学生達にもようやく悲壮感が漂いだした時、アホなノリのいい奴は洋の東西を問わず何処にでもいるもので、観客の中から数人のアメリカ人大バカ野郎が飛び入りで参加、やはりパンツ一枚になって踊りだしたのである。

観客も大爆笑であった。

妙なところで日米友好が実現したものである。

ところで、私は何を演じたかというと、まず観客に対して、私のホストファミリーが私に如何によくしてくれたかという内容のスピーチをした後、太極拳を演じたのであった。

ステファニーママさんもたいそう喜んでくれ、私を抱きしめてキスしてくれた。

帰りの車の中でも「You are my favorite!(私のお気に入り!)」と言って、私の手を握って離さなかった。

ちょっぴり恥ずかしく嬉しくもあったが、やがて別れの日がやって来ることとを考えると、とても寂しかった・・・・。


To be continued!




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