サンフランシスコ紀行

サンフランシスコのケーブルカー
photographs courtesy Philip Greenspun



Vol.1 機体は揺れる、心も揺れる・・・・


☆それは、例年になく寒く冷え込んだ19XX年のある冬の1月末。

その日、私は初めてアメリカへと向かうJALの機中の人となっていた。

生まれて初めて乗る飛行機はたいそう揺れ、私は思わず非常口を確認し、そして心の中で祈った。

「万が一事故が起こっても俺だけは生き残ってやる! 神様、今日まで愛と自由と正義のために戦ってきた私だけは助けて下さい!!」

しかし、そんなことよりも私の胸中には、約一ヶ月も前から一抹の・・・・・というよりは、大いなる不安の影がよぎっていたのである。

私はその年の2月より、アメリカはサンフランシスコ近郊の町マーティンズという所でホームステイをすることになっていた。

私の不安というのは、さて現場に着き、ホームステイ先のホストファミリーに会ったとき、どのような顔で応対し、そして挨拶をすれば良いのかということであった。

おそらく幕末に、黒船に乗った異国人を初めて応対した幕府の役人も同じ心境であったろう。

また、下痢のため急いでトイレに駆け込み、用を足した後に紙がなかった場合にも同じことがいえるのではあるまいか。

要するに、困ったということである。

ここは一つ純和風に、ホストファミリーの前で土下座をして三つ指をつき、

「へ、へー何とぞおねげえしますだー!」

・・・と叫びつつ、そっと米の入ったビニール袋を差し出すのが良いだろうか!?

あるいは、郷に入りては郷に従えということで、アメリカ風に陽気に

「ハーイ、Nice to meet you! I love you!!」

・・・と騒ぎながら、相手に抱きつくべきなのか・・・、

当時の私は真剣に悩んでいたのである。

これは後日談になるが、結局、私は後者を選んだものの、力無く恥ずかしそうに、まるで蚊の鳴くような声で「ハーイ!」とだけつぶやいたそうである。

それはさておき、あれやこれやと思案しているうちに、やがて機内の窓から眼下にアメリカ大陸が見えてきた。

カリフォルニアの雲一つない真っ青な空の色が目にしみた・・・・。


To be continued!




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